▼ 災害時の応急対策
死者数が5,500人に達した阪神淡路大震災、地下鉄サリン事件など、われわれの想像をはるかに超える大事件が発生した平成7年。多くの人が自分や家族の命を守るために、どれだけの知識が必要か、あらためて思い起こしたことだろう。そこで今回の大震災の教訓を学びながら、大災害に出会ったときの応急対策など最新の知識をお届けしよう。
多発したクラッシュ症候群
震災当時、大阪大医学部特殊救急部教授で現在は緑風会病院の杉本侃(つよし)理事長は、震災当日の夕方、西宮市から搬送された若い女性の状態を見て驚いた。意識、呼吸ともしっかりしており、骨盤にわずかに骨折がある程度で重要な病変はない。ところが血液検査の結果、カリウムの濃度が異常に高くなっており、ほとんど致死的な状態になっていたからだ。「即座に建物の下敷きになったときなどに起きるクラッシュ症候群とわかった。この症候群が多発していると思った。翌日、阪神地区の各病院を回ったときには、どの病院でもこの患者を見かけ、建物被害のすごさを思い知った」と話す。
では、クラッシュ症候群とはどんな疾患なのだろうか。杉本理事長によると、歴史は古く第一次大戦でロンドンが空襲された際に見つかった。建物の倒壊などで下敷きになり長時間手足が強く圧迫されると、手足の筋肉細胞の膜が機能を失うことで発症する。
救出されて圧迫が取り除かれ、血液が手足の血管を巡り始めると、筋肉細胞の中のカリウムやたんぱく質のミオグロビンが血液中に溶け出し全身を駆け巡る。カリウムは高濃度になると心臓を停止させる働きがある。ミオグロビンはそれ自身毒性があるほか、腎臓の中に詰まり機能を失わせる。おしっこが出なくなるのも主な症状の1つだ。「透析などの設備が必要だが、早い段階で適切に処置すれば救命は可能」と杉本理事長は言う。
だが、実際の災害地域で対応は難しい。圧迫される部位が手足であるため、心肺機能への影響が少なく、患者は顔が青白くなる程度で意識や呼吸もある。比較的外傷も少なく、押しつぶされたところは麻痺しており、患者はほとんど痛がらない。
この結果「救出現場に医師が駆けつけても、どうしても骨折や出血、意識不明の人などに目を向けがち。大丈夫だと思って他の患者を診ている間に、亡くなってしまうことさえある」(杉本理事長)というのだ。この悲劇は圧迫が取り除かれたことで高濃度のカリウムが一気に心臓に流れ込んだために起きる。
血液の流入を防ぐ
加えて医療関係者でもクラッシュ症候群を知らない人が少なくない。ある医学雑誌の座談会の中で実際に神戸市内の透析病院の関係者が「マスコミに教えられるまで知らなかった」と正直に打ち明けているほどだ。
こうした悲劇を生まないために、市民レベルでできることはないだろうか。震災後3日間で約1,800人の患者の治療に当たった六甲アイランド病院の内藤秀宗副院長は「手足を1時間以上押しつぶされた人を救出した際には、心臓に近い部分をゴムバンドなどでしっかりしばり、手足部分から体の中心部への血液の急激な流入を防いでほしい」と説明している。
内藤副院長は自らの経験を踏まえ次のように話している。「私たちの病院に運ばれた患者の状態から推定して、かなりの人がクラッシュ症候群で亡くなった可能性がある。救出された人にもっと適切な応急措置がなされていれば、犠牲者を減らせたり後遺症の程度を軽くすることもできたかもしれない」
自分の命は自分で守る
阪神淡路大震災の特徴は被害の大きさや都市機能の麻痺だけでなく、被災者を救うべき病院そのものが打撃を受けたという点だ。電気やガス、水道がストップした上に、運び込まれた大量の患者の数は対応レベルを超えた。阪神淡路大震災クラスの災害が発生すると、病院はわれわれが日常的に接する意味での「信頼性」はゼロに等しくなる。交通手段もストップし、病院に行くことさえできない。川崎医大救急医学の小濱啓次教授は「自分たちの命を守るだけの知恵を持つしかない」と指摘する。
そこで重要になるのが救急蘇生法の知識だ。日本医師会では小濱教授を委員長に救急蘇生法教育検討委員会を設置、2年前「救急蘇生法の指針 一般市民のために」(へるす出版)をまとめた。小濱教授は「蘇生法について断片的な知識を持っている人は多いが、大災害になればなるほど、こうしたテキストを用いてきちんとした知識を修得しておくことが大事になるはずだ」と話す。
大事な蘇生法の知識
「指針」に基づいて、心肺蘇生法の手順を簡単に紹介してみよう。傷病者が発生するとまず第1に観察するのが「意識があるかないか」。「大丈夫ですか」などと言って呼びかける。もし、応答がなければ、次のステップは「呼吸をしているかどうか」だ。胸の動き、呼吸音を観察する。ここで、“ない”と判断すると「気道の確保」が必要となる。
そして「十分な呼吸をしているか」を観察、なければ「人工呼吸」を行い、「頚動脈の脈拍が触れるかどうか」を確認、“ない”場合は「人工呼吸と心臓マッサージ」を行い、医師や救急隊員の到着を待つというわけだ。(以上はチャート図を参照)
「」で記した手順のうち、気道の確保と人工呼吸、心臓マッサージは実際の手当である。それぞれの方法についてはさまざまなやり方があるが、代表的なものを紹介すると、気道の確保については「あご先挙上法」である。これは寝かせた傷病者のひたい部分に手を当て、もう一方の手の指をあごの下部分に当てて持ち上げるやり方だ。(図1参照)
次に人工呼吸については一般的なのは「口対口人工呼吸法」。これは「あご先挙上法」で気道を確保した上で、ひたいに当てている手の母指と人指し指で鼻をつまみ、空気を大きく吸い込んだ後に、傷病者の口に口を当て、空気が漏れないようにゆっくり胸が膨らむ程度に息を吹き込む。
最後に心臓マッサージ。まず、人指し指と中指で手を置く位置を探す(図3参照)。そして図のように手を組み、ひじをまっすぐにして体重をかけ、胸骨が3.5センチ〜5センチ圧迫されるように押す。
いずれの方法も本を読んだり、図やビデオを見るだけで理解するのは難しい。「とにかく自分でやってみること。
感染症や慢性疾患にも注意
ここまでは発生直後の問題を取り上げたが、大災害では実際にはこれだけにとどまらない。外傷やクラッシュ症候群などが問題になるのは、ほぼ3日以内。その後は、避難所での集団生活で発生する感染症や肺炎、そして3週間を過ぎると高血圧や糖尿病、心臓病など慢性疾患を抱えた人たちへのケアが重要になる。
阪神淡路大震災の場合、冬場に起きたためインフルエンザの流行が大きな問題になった。高齢者や幼児など抵抗力の弱い人たちには、仮にインフルエンザでもこじらせれば命取りになりかねない。今年の夏のように猛暑の中で起きたとすれば、脱水症や熱中症、加えて食中毒などが多発した可能性が強い。
さらに神戸大の調査によると、震災直後に胃潰瘍の発生頻度が急激に増えたとのデータもある。また別の大学の調べでは脳血管障害が多発したともいう。トイレが不備なため水分の摂取を控えた結果、血液が濃くなり脳梗塞などにつながったと考えられている。
死亡率の上昇も
慢性疾患を抱えた人たちにとって、災害地域で暮らすこと自体大きな脅威だ。薬が切れても、かかりつけの病院がつぶれ薬がもらえないこともあり得る。「自分が服用している薬がどこの病院でもすぐにもらえるように、薬名を覚えておくのは最低限の常識」と杉本理事長は話す。それに慢性疾患の管理に重要な食事が、災害地域は煮炊きができないせいもあって、弁当やできあいのものが中心にならざるを得ない。内藤副院長は「いくら薬が手に入っても食事がひどければ症状のコントロールは不可能だ」と指摘する。
内藤副院長は「まだ正式な数字がまとまったわけではないが、震災の直接の被害者を除いても阪神地域の死亡率は上がっているような印象を受けている。慢性疾患を持つ人が命を守るためには被災地域から逃げ出すしかないのでは」と話す。
心の問題にも目配りを
最後に取り上げたいのは心の問題だ。今回の震災では地震の脅威や家族や財産を失ったことなどが原因で起きる災害後ストレス症候群(PTSD 7月号の「健康づくりQ&A」参照)がクローズアップされた。この病気は抑うつなどの精神症状と過換気などの身体症状の双方が現れる病気であり、専門的なカウンセリングや精神科治療が必要となる。
乳がん無手術完治ビデオ他
多発したクラッシュ症候群
震災当時、大阪大医学部特殊救急部教授で現在は緑風会病院の杉本侃(つよし)理事長は、震災当日の夕方、西宮市から搬送された若い女性の状態を見て驚いた。意識、呼吸ともしっかりしており、骨盤にわずかに骨折がある程度で重要な病変はない。ところが血液検査の結果、カリウムの濃度が異常に高くなっており、ほとんど致死的な状態になっていたからだ。「即座に建物の下敷きになったときなどに起きるクラッシュ症候群とわかった。この症候群が多発していると思った。翌日、阪神地区の各病院を回ったときには、どの病院でもこの患者を見かけ、建物被害のすごさを思い知った」と話す。
では、クラッシュ症候群とはどんな疾患なのだろうか。杉本理事長によると、歴史は古く第一次大戦でロンドンが空襲された際に見つかった。建物の倒壊などで下敷きになり長時間手足が強く圧迫されると、手足の筋肉細胞の膜が機能を失うことで発症する。
救出されて圧迫が取り除かれ、血液が手足の血管を巡り始めると、筋肉細胞の中のカリウムやたんぱく質のミオグロビンが血液中に溶け出し全身を駆け巡る。カリウムは高濃度になると心臓を停止させる働きがある。ミオグロビンはそれ自身毒性があるほか、腎臓の中に詰まり機能を失わせる。おしっこが出なくなるのも主な症状の1つだ。「透析などの設備が必要だが、早い段階で適切に処置すれば救命は可能」と杉本理事長は言う。
だが、実際の災害地域で対応は難しい。圧迫される部位が手足であるため、心肺機能への影響が少なく、患者は顔が青白くなる程度で意識や呼吸もある。比較的外傷も少なく、押しつぶされたところは麻痺しており、患者はほとんど痛がらない。
この結果「救出現場に医師が駆けつけても、どうしても骨折や出血、意識不明の人などに目を向けがち。大丈夫だと思って他の患者を診ている間に、亡くなってしまうことさえある」(杉本理事長)というのだ。この悲劇は圧迫が取り除かれたことで高濃度のカリウムが一気に心臓に流れ込んだために起きる。
血液の流入を防ぐ
加えて医療関係者でもクラッシュ症候群を知らない人が少なくない。ある医学雑誌の座談会の中で実際に神戸市内の透析病院の関係者が「マスコミに教えられるまで知らなかった」と正直に打ち明けているほどだ。
こうした悲劇を生まないために、市民レベルでできることはないだろうか。震災後3日間で約1,800人の患者の治療に当たった六甲アイランド病院の内藤秀宗副院長は「手足を1時間以上押しつぶされた人を救出した際には、心臓に近い部分をゴムバンドなどでしっかりしばり、手足部分から体の中心部への血液の急激な流入を防いでほしい」と説明している。
内藤副院長は自らの経験を踏まえ次のように話している。「私たちの病院に運ばれた患者の状態から推定して、かなりの人がクラッシュ症候群で亡くなった可能性がある。救出された人にもっと適切な応急措置がなされていれば、犠牲者を減らせたり後遺症の程度を軽くすることもできたかもしれない」
自分の命は自分で守る
阪神淡路大震災の特徴は被害の大きさや都市機能の麻痺だけでなく、被災者を救うべき病院そのものが打撃を受けたという点だ。電気やガス、水道がストップした上に、運び込まれた大量の患者の数は対応レベルを超えた。阪神淡路大震災クラスの災害が発生すると、病院はわれわれが日常的に接する意味での「信頼性」はゼロに等しくなる。交通手段もストップし、病院に行くことさえできない。川崎医大救急医学の小濱啓次教授は「自分たちの命を守るだけの知恵を持つしかない」と指摘する。
そこで重要になるのが救急蘇生法の知識だ。日本医師会では小濱教授を委員長に救急蘇生法教育検討委員会を設置、2年前「救急蘇生法の指針 一般市民のために」(へるす出版)をまとめた。小濱教授は「蘇生法について断片的な知識を持っている人は多いが、大災害になればなるほど、こうしたテキストを用いてきちんとした知識を修得しておくことが大事になるはずだ」と話す。
大事な蘇生法の知識
「指針」に基づいて、心肺蘇生法の手順を簡単に紹介してみよう。傷病者が発生するとまず第1に観察するのが「意識があるかないか」。「大丈夫ですか」などと言って呼びかける。もし、応答がなければ、次のステップは「呼吸をしているかどうか」だ。胸の動き、呼吸音を観察する。ここで、“ない”と判断すると「気道の確保」が必要となる。
そして「十分な呼吸をしているか」を観察、なければ「人工呼吸」を行い、「頚動脈の脈拍が触れるかどうか」を確認、“ない”場合は「人工呼吸と心臓マッサージ」を行い、医師や救急隊員の到着を待つというわけだ。(以上はチャート図を参照)
「」で記した手順のうち、気道の確保と人工呼吸、心臓マッサージは実際の手当である。それぞれの方法についてはさまざまなやり方があるが、代表的なものを紹介すると、気道の確保については「あご先挙上法」である。これは寝かせた傷病者のひたい部分に手を当て、もう一方の手の指をあごの下部分に当てて持ち上げるやり方だ。(図1参照)
次に人工呼吸については一般的なのは「口対口人工呼吸法」。これは「あご先挙上法」で気道を確保した上で、ひたいに当てている手の母指と人指し指で鼻をつまみ、空気を大きく吸い込んだ後に、傷病者の口に口を当て、空気が漏れないようにゆっくり胸が膨らむ程度に息を吹き込む。
最後に心臓マッサージ。まず、人指し指と中指で手を置く位置を探す(図3参照)。そして図のように手を組み、ひじをまっすぐにして体重をかけ、胸骨が3.5センチ〜5センチ圧迫されるように押す。
いずれの方法も本を読んだり、図やビデオを見るだけで理解するのは難しい。「とにかく自分でやってみること。
感染症や慢性疾患にも注意
ここまでは発生直後の問題を取り上げたが、大災害では実際にはこれだけにとどまらない。外傷やクラッシュ症候群などが問題になるのは、ほぼ3日以内。その後は、避難所での集団生活で発生する感染症や肺炎、そして3週間を過ぎると高血圧や糖尿病、心臓病など慢性疾患を抱えた人たちへのケアが重要になる。
阪神淡路大震災の場合、冬場に起きたためインフルエンザの流行が大きな問題になった。高齢者や幼児など抵抗力の弱い人たちには、仮にインフルエンザでもこじらせれば命取りになりかねない。今年の夏のように猛暑の中で起きたとすれば、脱水症や熱中症、加えて食中毒などが多発した可能性が強い。
さらに神戸大の調査によると、震災直後に胃潰瘍の発生頻度が急激に増えたとのデータもある。また別の大学の調べでは脳血管障害が多発したともいう。トイレが不備なため水分の摂取を控えた結果、血液が濃くなり脳梗塞などにつながったと考えられている。
死亡率の上昇も
慢性疾患を抱えた人たちにとって、災害地域で暮らすこと自体大きな脅威だ。薬が切れても、かかりつけの病院がつぶれ薬がもらえないこともあり得る。「自分が服用している薬がどこの病院でもすぐにもらえるように、薬名を覚えておくのは最低限の常識」と杉本理事長は話す。それに慢性疾患の管理に重要な食事が、災害地域は煮炊きができないせいもあって、弁当やできあいのものが中心にならざるを得ない。内藤副院長は「いくら薬が手に入っても食事がひどければ症状のコントロールは不可能だ」と指摘する。
内藤副院長は「まだ正式な数字がまとまったわけではないが、震災の直接の被害者を除いても阪神地域の死亡率は上がっているような印象を受けている。慢性疾患を持つ人が命を守るためには被災地域から逃げ出すしかないのでは」と話す。
心の問題にも目配りを
最後に取り上げたいのは心の問題だ。今回の震災では地震の脅威や家族や財産を失ったことなどが原因で起きる災害後ストレス症候群(PTSD 7月号の「健康づくりQ&A」参照)がクローズアップされた。この病気は抑うつなどの精神症状と過換気などの身体症状の双方が現れる病気であり、専門的なカウンセリングや精神科治療が必要となる。
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2007/12/14(金) 20:49:37 | プレサーチ


