▼ 心理的健康と解釈
ある新入社員の自殺
今回は「心理的健康と解釈」について書いてみたい。ある年の新入社員の話である。その人は広告代理店に入社した。彼は入社第1日目から広告を取りに出されたという。もちろん広告は取れなかった。学生時代に部活動をして何かのパンフレットを作り、そこに大学の近所のお店の広告を取りに回ったという学生時代を過ごした人もいるだろうが、多くの人にとっては広告を取るという仕事は学生時代に経験していない。だからうまくいかなくて当たり前なのである。 彼は自分が広告を取れなかったということをどう解釈し始めたか。次のように解釈した。自分は見知らぬ人と話すのが苦手である、自分は無口な方だ、だから自分はこの会社には向いていないのではないか、会社が向いていない自分の人生はおしまいだ、そう解釈して彼は出社2日目にして山手線に飛び込んでしまった。
この自殺の原因を広告が取れなかったというところに求めるのはどうだろうか。というのは、その年のその広告代理店の新入社員は九人であった。そして全員初日には広告が取れなかった。しかし皆はそうした行為には出なかった。つまり自殺の原因は失敗という事実よりも、失敗に対する解釈である。
解釈のしかた
同じ失敗をしてもその解釈は楽観的な人と悲観的な人とでは違う。楽観的態度を測定する最もよい方法のひとつに、心理学で「解釈のしかた」*1と呼ばれるものがある。クリストファー・ピーターソン博士とリーザ・M・ボッシオが「健康的な態度」*2という論文を「心と体の医学」*3という本に書いているが、それをもとに健康的な態度について少し考えたい。楽観的か楽観的でないかは次の三つの基準によって判断される。
●第一の基準 ―― 内的か外的か
第一の基準は、失敗の原因を自分の内的なことに求めるか、自分の外に求めるかである。この新入社員は広告が取れないという原因を自分のうちに求めた。つまり内的解釈*4である。
広告を取れなかった人の中には自分が広告を取れなかったということを「こんな厳しい経済状況で企業が広告費を削られるのが当たり前だよ、取れるわけないよ」と解釈した人もいるだろう。その時の経済状況という外的なことに原因を求めた解釈である。つまり解釈の第一の基準は内的か外的かである。
失敗の原因を自分の内的なことに求める人は「将来同じ失敗を繰り返させるような根本的な欠陥が自分にあると考え」*5がちである。しかし実際にはそんなことはない。
部下に人気のないビジネスマンの中に、それを自分の性格と解釈する人がいる。そして人望がないのは自分の性格のせいでどうしようもないと考える。だから自分は会社で人望を得て、出世など出来ない人間だと落ち込んでいく。そう考えるのが悲観的な人である。
しかしビジネスマンのなかには、人望がないのは自分の性格のせいではなく、たまたま自分の課には自分と肌のあわない人が集まったと、自分の外に原因を求める人もいるだろう。そのうち自分と肌のあう部下が集まるときもあるだろうと考えるビジネスマンもいる。部下に人望がないときに、運や巡り合わせのような外的な*6要因のせいだと思う人もいる。
●第二の基準 ―― 長期的か一時的か
二つ目の基準は、よくないできごとを引き起こした原因が長期的に続くものと思っているか、あるいは一時的な*7ものと思っているかである。前述の新入社員は、この状況は変わらないと思った。つまり持続的な*8ものと思った。変わると思えば絶望はしない。この苦しみはなくならないと思うから絶望するのである。
自分のうちに失敗の原因を求める人は、同じことをすればまた自分は失敗すると思ってしまう。根本的な欠陥が自分にあると考えれば、そのような解釈になってしまう。
平たく言えば無気力な人になってしまう。その新入社員は広告を取りに行けばまた取れないと解釈したのだろう。だから自分の仕事の能力に絶望したのである。そのうち取れるようになるだろうとは考えなかった。
彼だって広告を取れるチャンスはあるに違いない。しかし悲観的な人はチャンスをチャンスと見ない。内的な解釈をする人は、どちらかというと持続的な解釈をしてしまう。その広告会社の他の新入社員の中の楽観的な人は、不運はいつまでも続かないと思ったであろう。
悲観的な人はチャンスが自分の家のドアをノックしているのに、気がつかない人である。チャンスが何度ノックしても気がつかない。チャンスは家の中に人がいないのだと思って帰ってしまう。それなのに無気力な人は「チャンスが来なかった」と言う。
●第三の基準 ―― 限定的か包括的か
第三の基準は、限定的か、包括的かである。「最後に、楽観的な人と悲観的な人では、自分の悩みごとをどの範囲まで広げて考えるかが違ってくる」*9。その問題を別の方面にまで広げて*10考える人がいる。新入社員は広告が取れなかったということを自分の仕事全体にまで広げて考えてしまった。会社にはいろいろの仕事があるはずだが、彼は「私は何をやってもだめだ」と考えてしまった。さらに「自分の人生はダメだ」とまで広げて考えた。 他の社員は失敗を今回の広告取りという仕事だけに限定的 に受け止め、その仕事以外のことにまで解釈を広げなかったし、ましてや仕事以外の生活にまで影響を出さなかった。失敗を成功に結びつけられるか
●第四の基準 ―― 失敗に積極的な意味をみつけるか否か
私は第四を加えたいと思っている。それは失敗に積極的な意味を見つける人とそうでない人である。失敗を悪いことと考えるか、良いことと考えるかである。
失敗に対する対処の仕方で失敗は成功への一里塚ともなれば、泥沼にもなる。失敗するとすぐに失望して、夢を諦める人がいる。事態は対処の仕方で変わると思って失敗を成功に導く人もいる。
学生でも中間試験で失敗して「あーよかった」と思う学生がいる。もっと大切な期末試験でこの失敗をしなくてすんだと思うからである。失恋しても、振られても「あーよかった」と思う人がいる。なぜ振られたかが分かるからもっと大切な結婚相手の時にこの失敗を繰り返さなくて済んだからである。
人生に失敗はつきものである。そうであるのに、心理的に病んでいる人は失敗を避けようとする。そして失敗しても失敗の積極的な面を見い出せない。しかし失敗に積極的な意味付けをする人は、失敗しても、まず「よかったー」と考える。それはこの失敗があったからこそ、もっと大きな失敗が避けられたと思うからである。
失敗といっても物凄い失敗だけではない。ここで失敗といっているのは、事業に失敗するとか、結婚に失敗するとか、そういう非日常的な大きな失敗ばかりをいっているのではない。日常的な些細な失敗をも含めていっているのである。
例えばある会社の、ある年の忘年会である。あまりきれいではない食堂で生牡蛎を食べていた。下痢をした人がたくさん出た。その時に「あー、よかった」と言った人がいた。それはこういうところで生のものを食べてはいけないと体験で知ったからである。悲観的な人は下痢に苦しみながら「あんなところで忘年会をする」幹事を恨んだ。
失敗に積極的な意味付けをする人はこの下痢のおかげでもっと重大な仕事が控えている次の年の暮れに下痢をしないで済んだ。しかし幹事を恨んでいた悲観的な人達はそこで学ばないから、同じ様に次の年に、別の場所で生のものを食べて同じ様にお腹をこわした。
http://www.net-dream.jp
今回は「心理的健康と解釈」について書いてみたい。ある年の新入社員の話である。その人は広告代理店に入社した。彼は入社第1日目から広告を取りに出されたという。もちろん広告は取れなかった。学生時代に部活動をして何かのパンフレットを作り、そこに大学の近所のお店の広告を取りに回ったという学生時代を過ごした人もいるだろうが、多くの人にとっては広告を取るという仕事は学生時代に経験していない。だからうまくいかなくて当たり前なのである。 彼は自分が広告を取れなかったということをどう解釈し始めたか。次のように解釈した。自分は見知らぬ人と話すのが苦手である、自分は無口な方だ、だから自分はこの会社には向いていないのではないか、会社が向いていない自分の人生はおしまいだ、そう解釈して彼は出社2日目にして山手線に飛び込んでしまった。
この自殺の原因を広告が取れなかったというところに求めるのはどうだろうか。というのは、その年のその広告代理店の新入社員は九人であった。そして全員初日には広告が取れなかった。しかし皆はそうした行為には出なかった。つまり自殺の原因は失敗という事実よりも、失敗に対する解釈である。
解釈のしかた
同じ失敗をしてもその解釈は楽観的な人と悲観的な人とでは違う。楽観的態度を測定する最もよい方法のひとつに、心理学で「解釈のしかた」*1と呼ばれるものがある。クリストファー・ピーターソン博士とリーザ・M・ボッシオが「健康的な態度」*2という論文を「心と体の医学」*3という本に書いているが、それをもとに健康的な態度について少し考えたい。楽観的か楽観的でないかは次の三つの基準によって判断される。
●第一の基準 ―― 内的か外的か
第一の基準は、失敗の原因を自分の内的なことに求めるか、自分の外に求めるかである。この新入社員は広告が取れないという原因を自分のうちに求めた。つまり内的解釈*4である。
広告を取れなかった人の中には自分が広告を取れなかったということを「こんな厳しい経済状況で企業が広告費を削られるのが当たり前だよ、取れるわけないよ」と解釈した人もいるだろう。その時の経済状況という外的なことに原因を求めた解釈である。つまり解釈の第一の基準は内的か外的かである。
失敗の原因を自分の内的なことに求める人は「将来同じ失敗を繰り返させるような根本的な欠陥が自分にあると考え」*5がちである。しかし実際にはそんなことはない。
部下に人気のないビジネスマンの中に、それを自分の性格と解釈する人がいる。そして人望がないのは自分の性格のせいでどうしようもないと考える。だから自分は会社で人望を得て、出世など出来ない人間だと落ち込んでいく。そう考えるのが悲観的な人である。
しかしビジネスマンのなかには、人望がないのは自分の性格のせいではなく、たまたま自分の課には自分と肌のあわない人が集まったと、自分の外に原因を求める人もいるだろう。そのうち自分と肌のあう部下が集まるときもあるだろうと考えるビジネスマンもいる。部下に人望がないときに、運や巡り合わせのような外的な*6要因のせいだと思う人もいる。
●第二の基準 ―― 長期的か一時的か
二つ目の基準は、よくないできごとを引き起こした原因が長期的に続くものと思っているか、あるいは一時的な*7ものと思っているかである。前述の新入社員は、この状況は変わらないと思った。つまり持続的な*8ものと思った。変わると思えば絶望はしない。この苦しみはなくならないと思うから絶望するのである。
自分のうちに失敗の原因を求める人は、同じことをすればまた自分は失敗すると思ってしまう。根本的な欠陥が自分にあると考えれば、そのような解釈になってしまう。
平たく言えば無気力な人になってしまう。その新入社員は広告を取りに行けばまた取れないと解釈したのだろう。だから自分の仕事の能力に絶望したのである。そのうち取れるようになるだろうとは考えなかった。
彼だって広告を取れるチャンスはあるに違いない。しかし悲観的な人はチャンスをチャンスと見ない。内的な解釈をする人は、どちらかというと持続的な解釈をしてしまう。その広告会社の他の新入社員の中の楽観的な人は、不運はいつまでも続かないと思ったであろう。
悲観的な人はチャンスが自分の家のドアをノックしているのに、気がつかない人である。チャンスが何度ノックしても気がつかない。チャンスは家の中に人がいないのだと思って帰ってしまう。それなのに無気力な人は「チャンスが来なかった」と言う。
●第三の基準 ―― 限定的か包括的か
第三の基準は、限定的か、包括的かである。「最後に、楽観的な人と悲観的な人では、自分の悩みごとをどの範囲まで広げて考えるかが違ってくる」*9。その問題を別の方面にまで広げて*10考える人がいる。新入社員は広告が取れなかったということを自分の仕事全体にまで広げて考えてしまった。会社にはいろいろの仕事があるはずだが、彼は「私は何をやってもだめだ」と考えてしまった。さらに「自分の人生はダメだ」とまで広げて考えた。 他の社員は失敗を今回の広告取りという仕事だけに限定的 に受け止め、その仕事以外のことにまで解釈を広げなかったし、ましてや仕事以外の生活にまで影響を出さなかった。失敗を成功に結びつけられるか
●第四の基準 ―― 失敗に積極的な意味をみつけるか否か
私は第四を加えたいと思っている。それは失敗に積極的な意味を見つける人とそうでない人である。失敗を悪いことと考えるか、良いことと考えるかである。
失敗に対する対処の仕方で失敗は成功への一里塚ともなれば、泥沼にもなる。失敗するとすぐに失望して、夢を諦める人がいる。事態は対処の仕方で変わると思って失敗を成功に導く人もいる。
学生でも中間試験で失敗して「あーよかった」と思う学生がいる。もっと大切な期末試験でこの失敗をしなくてすんだと思うからである。失恋しても、振られても「あーよかった」と思う人がいる。なぜ振られたかが分かるからもっと大切な結婚相手の時にこの失敗を繰り返さなくて済んだからである。
人生に失敗はつきものである。そうであるのに、心理的に病んでいる人は失敗を避けようとする。そして失敗しても失敗の積極的な面を見い出せない。しかし失敗に積極的な意味付けをする人は、失敗しても、まず「よかったー」と考える。それはこの失敗があったからこそ、もっと大きな失敗が避けられたと思うからである。
失敗といっても物凄い失敗だけではない。ここで失敗といっているのは、事業に失敗するとか、結婚に失敗するとか、そういう非日常的な大きな失敗ばかりをいっているのではない。日常的な些細な失敗をも含めていっているのである。
例えばある会社の、ある年の忘年会である。あまりきれいではない食堂で生牡蛎を食べていた。下痢をした人がたくさん出た。その時に「あー、よかった」と言った人がいた。それはこういうところで生のものを食べてはいけないと体験で知ったからである。悲観的な人は下痢に苦しみながら「あんなところで忘年会をする」幹事を恨んだ。
失敗に積極的な意味付けをする人はこの下痢のおかげでもっと重大な仕事が控えている次の年の暮れに下痢をしないで済んだ。しかし幹事を恨んでいた悲観的な人達はそこで学ばないから、同じ様に次の年に、別の場所で生のものを食べて同じ様にお腹をこわした。
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