災害時の心のケア

ここでは、 災害時の心のケア に関する情報を紹介しています。
Q 阪神大震災の被災者の心の後遺症が問題になっています。このような災害に遭遇した場合、どんな症状が出るのでしょうか。

A 初期の段階で見られるのは不安障害と呼ばれるもので、なかでも今大きな問題になっているのはPTSDです。
 PTSD(Post Traumatic Stress Disorder)は、日本語にすると外傷後ストレス障害。死や強い無力感を引き起こすような外傷的出来事(災害、事故、犯罪など)に出会った後に出る心の後遺症です。アメリカでベトナム戦争の帰還兵に共通する症状として注目され、次第に大きな社会問題となってきました。アメリカでは人口の1%にPTSDが見られると言われています。日本ではこれまで交通事故の被害者に見られる程度でしたが、北海道南西沖地震や阪神大震災の被災者、また地下鉄サリン事件の被害者にもこのPTSDの症状が出て、注目を集めています。
 では、どんな症状をPTSDと呼ぶのでしょうか。アメリカ精神医学会では次の3つの要素を診断基準に上げています。 (表参照)
・外傷となった出来事を繰り返して再体験する
・その出来事を避けようとしたり、無感動になったりする。
・緊張の強い興奮状態が続く
 この3つの症状が少なくとも1カ月以上続き、学校、仕事、家事などの日常生活に支障をきたす場合をPTSDとしています。PTSDに関連して腰痛、頭痛、消化器障害などの身体的な症状が出ることもあります。
 私も二月下旬、神戸に行って精神科医として心のケアに当たりましたが、このPTSDのほかにもさまざまな不安障害が見られました。例えば、群衆の中に出るのを怖がる「広場恐怖症」、玄関の鍵やガスの元栓を何度確認しても気になる「強迫性障害」、子供に多いのは母親から離れようとしない「分離不安」でした。毛布に包まれた死体を見て以来、毛布を見ると「不安発作」を起こす子供もいました。まれなケースとしては「心因性健忘」といって、ストレス時の記憶が失われるだけでなく、外に出ると自分の名前や住所までわからなくなってしまう女性の例も見られました。やがて時間の経過につれて「うつ病」が大きな問題になってくるものと思われます。


Q 精神的に弱い人がPTSDになりやすいのでしょうか。

A PTSDはほかの精神障害と異なり、個人の人格や内的な出来事によるのではなく、外的な要因によるものなので、誰でもなる可能性があります。ただし、年代によって症状の出方は違ってきます。
 PTSDに対して対応力が弱いのは子供と高齢者。知力や体力のある大人は症状が軽いようです。ことに子供の場合は独特の症状を呈します。夜中に跳び起きて恐怖を示す「夜驚症」、赤ちゃん言葉を使ったり、排せつ習慣を忘れてしまったりする「赤ちゃん返り」、それまで活発だった子供が急におとなしくなったり、逆におとなしかった子供が活発になったりする「行動変化」などがあります。
 大人の場合は心に受けたショックを言葉で表現しますが、子供の場合は行動に出ます。高齢者の場合はからだの病気を持っているケースが多いので、心の傷に加えて身体症状が重くなりがちです。


Q PTSDは時間がたてば治るのでしょうか。また、治療法について教えてください。

A 早い人なら1週間、3カ月たてば半数の人が自然に回復すると言われています。しかし、時には30年も後遺症を引きずることがありますから、日常生活にひどく支障が出るようなら、専門家の治療を受けたほうがいいでしょう。
 日本ではPTSDの症例が少ないため、治療に関してはアメリカの精神療法を参考にしています。その主なものを紹介しましょう。
・ 行動療法 外傷となった体験に治療者と一緒に直面させ、恐怖心がなくなるまで繰り返す。細心の注意と熟練した技術が必要で、初期の段階で行うとかえって症状を悪化させる場合がある。
・ 認知療法 その出来事を理性的に位置づけできるように説得する。患者は恐怖心が強すぎて、自分の身に起きたことを冷静に把握できないので、その手助けをする勉強会のようなスタイル。
・ 集団療法 同じ体験をした者同士が集まって話し合い、どうしたらいいのか考える。ベトナム帰還兵の間でよく行われている方法。
・ 家族療法 家族全員でその問題を受けとめて支える。
・ 催眠療法 催眠によってイヤな体験を忘れさせる。
 アメリカの精神療法は患者に外傷体験を思い起こさせ、それに直面させて克服させるところに特徴があります。神戸の小・中学校でも、このアメリカの考え方の下に生徒に災害時の絵を描かせたり、作文を書かせたりしていました。しかし、アメリカと日本では風土・文化が異なります。アメリカは個人主義の国で、ストレスも自分の責任において克服するのが常識であり、それがPTSD治療にも矛盾なくつながっています。
 ところが日本は村落共同体的な社会で、個人の強さはあまり期待されていません。みんなで耐えながら乗り切るというのが一般的なストレスへの対応の仕方だと言えます。したがって、例示したようなアメリカの治療法をそのまま持ち込むことにはかなり無理があります。日本では、当人の感情をさりげなく守り、ほどよい助言をする「支持療法」が向いていると思われます。
 なお、薬物療法としては抗うつ剤が有効とされています。

Q 周囲の人間はどのようにサポートしたらいいのでしょうか。励ますのはいけないと聞きましたが、本当ですか。

A 経済的援助と違って、心のケアは非常に個人的な問題なので、残念ながらこうすればいいというマニュアルはありません。被害の程度、ストレスの度合い、性格などによって対応の仕方が変わってくるからです。大切なのは思いやりをもって接し、本人がその体験を話すようになったら親身になって聞いてあげること。話したがらない時は、一緒にいてあげるだけでもかなり心の傷がいやされます。
 子供の場合は同年代の仲間と一緒に遊んだり、勉強したりできる場を作ってあげると、目に見えて回復します。高齢者の場合は家族が中心になって支え、一日も早く元の生活に戻して安心させてあげること。大人は仕事に戻るのが回復への一番の早道です。
 神戸では「被災者の子供たちや家族を励ましてはいけない」という文書が各学校に配布されたようで、どうしたらいいのか途方に暮れた先生方から相談を受けましたが、被災者を励ましてはいけないということはありません。被災者の不安や怒り、悲しみをやさしく受けとめ、励ましてあげるのは当然のことです。ただ、肉親を亡くし家を失ったような人に対しては、どんな励ましの言葉も役に立ちません。むしろ、さりげない日常の会話を通して相手を気遣う気持ちを伝えるほうがいいでしょう。
 励ましてはいけないのではなく、いかに適切に励ますかということです。心から相手を気遣う気持ちがあれば、どう対応したらいいのか自然に感じ取れるものですし、真情から出た言葉なら必ず相手にとって心の支えになるはずです。

Q 万一の災害や事故に備えて、どんな心構えが必要ですか。

A 阪神大震災では行政の危機管理能力が問題になりましたが、個人レベルでの危機管理も必要です。非常時に持ち出すものを準備し、避難場所や家族の連絡方法を確認しておくこと。また、劇場やデパートなど大勢の人が出入りする場所に行く時には、非常口をチェックしておきます。
 もし災害や事故に遭遇した時には、行動に移る前に一呼吸おいて、何が起きたのか、どうすべきかを考えてから行動すること。ほんの一瞬目を閉じるのもいい方法。動転した気持ちが少し落ちつきます。
 だいぶ前のことですが、映画館で誰かが勘違いして「火事だ」と叫んだため、われ先に逃げようとして死者が出たことがありました。これなどは、一呼吸おく余裕があれば防げた事故と言えます。
 また、日ごろから公共心を培うことも大切です。日本は安全な国だったためか、アメリカに比べると公共心という面で遅れているようです。アメリカでは小学校から公共心を育成する訓練をしています。
 最近問題になっている「いじめ」についても興味深いデータがあります。いじめを見かけた場合、アメリカの子供の多くが止めると答えているのに対して、日本の子供は黙って見ているという回答が大部分で、10%は一緒になっていじめると答えています。
 自分の身の安全が第一という考え方は、非常時に被害を拡大する危険性をはらんでいます。自分の身の安全と同時に公共の安全を考えて行動する。これからは、こういう発想が必要になるのではないでしょうか。


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