バランスを崩した生き方の愚かさ

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アメリカ・インディアンが教える 「人生のバランス」

「人生で最も重要なのはバランスである」 

あるアメリカ・インディアンが書いた「Wokini」※2 というタイトルの本がある。「Wokini」とはインディアンの言葉で「新しい人生」とか「幸福」という意味を表わす。その第六章は「人生のバランス」の大切さを説いている。 

そのバランスを象徴するのは「河」であると言う。河は流れている。同じように私達も運動しなければならないと筆者は言う。河は流れて、自らをきれいにする。だから私達もからだを動かす必要があると言う。悩んでいる人をよく観察して見れば分かるが、動いていない。動いていないで疲れている。 

「人生にバランスがなければ、人は健全ではない」と、その本の著者は言っている。そしてそのバランスのなかで他のものよりも無視されがちなのがからだを動かすことであると言う。そして「バランスを欠けば、人生の最も偉大な喜びを失う」と言う。 

私は時々アメリカ・インディアンの本を読んでいて、現代の最新の医学者が言っていることと同じことを言っているので驚くことがある。 

今年の3月、アメリカのABCの朝のニュースで最新の脳の研究をもとにして5回のシリーズが放映された。その最終回の3月14日に脳を若く保つにはどうしたらよいかということが話された。つまり人をいつまでも若々しくするにはどうするかということである。7つの大切なことが示された。社会的つきあいの維持、考える、イライラしない、柔軟性、怪我を避ける、酒とタバコを避ける、最後に体型を良くする。そして番組のホステスであるジョン・ルンデンが「バランスですね」※3と言ってシリーズを終わった。 

からだを動かすことは心理的にも健康につながる。からだを動かすことは脳の健康にもつながると久保田競氏は述べている。心とからだが深くかかわっている以上、健康はこのバランスが崩れたときに害されると考えるのが正しいだろう。

バランスの大切さ  

そしてこのバランスは何も心とからだのバランスだけではない。仕事と趣味のバランス、仕事と家庭のバランス、右脳と左脳のバランス、理屈と感情のバランス、合理性と神秘性のバランス、精神的なものと物質的なものとのバランス等である。 

文明化された白人の社会では、肉体労働をする人は肉体労働に偏り、精神的労働をする人は精神的労働に偏り、どちらも不利益を被っている。そのような偏りはインディアンの社会にはないと「インディアンの教え」※4の著者ジェームスは述べている。 

「インディアンの教え」には宗教的なこととか、自然の中での生活とか、いろいろと書かれている。ここで大切なことは、書かれていることの内容そのものよりも、その本質である。その本質は、一言で言えば「バランス」ではなかろうか。

復讐心に捕われた人々  

小さい頃、人から蔑視されたり、無視されて心理的に傷ついた人はよく「見返してやる」と思い、自分の実際の能力を無視して、非現実なほど偉くなろうとする。そして自分で自分を素晴しいと評価できない人間になってしまう。人に「偉い」と言ってもらわないと自分を心理的に維持できない人間になってしまう。つまり人に見せるための自分だけで、自分のための自分がなくなってしまう。心理的な根無し草である。そこでお金や名誉を求めて無理して頑張りすぎて、生活のバランスを崩していく。 

そんな復讐心に捕われた人は仕事の成功以外のことに意味を感じられない。そして仕事の成功を通して人に優越しようとする。そこで仕事をしない時間が無駄に感じられる。自然の中で風の音を聴いているなどというのは、彼にとってはまったく無駄な時間なのである。 

有名な精神家医カレン・ホルナイはこのようなタイプを「傲慢な復讐的タイプ」※5と名付けている。彼女はこのタイプはあらゆる神経症者の中で最も「驚異的な働き手」※6であると書いている。典型的なのがかつての日本の猛烈サラリーマン等であろう。これらの人達は、人生で最も大切なバランスを崩している。彼等がいかに家庭を無視して働いたかを考えてみれば分かるであろう。

ささやかな幸せを知らない 「驚異的な働き手」  

「驚異的な働き手」にとって「万能の人」になることが、自らの傷ついた自尊心の要求である。この内面の要求を実現するために、人は不幸な一生を送る結果になる。その視点からしか物事を見られなくなる。だから働きすぎて健康を害する人も出てくるのである。健康の秘訣、それは愚かな偽りのプライドを捨てることなのだ。そうすれば自然とバランスのとれた生活になる。 

「驚異的な働き手」の特徴は、ささやかな幸せを知らないことである。「人の幸福は、大きな喜びや楽しみの問題というよりむしろ、ささやかなものの問題かもしれない」とフレデリク・スカーベク伯は述べている。これは私が訳したポーランドの哲学者タタルケヴィッチという人の本の中の言葉である。さらにタタルケヴィッチは次のように述べている。 

「一条の冬の日差し。村の喧騒を遠く離れて、静かな晩に、何にもじゃまされることのない瞑想。田舎の館で、ろうそくがともされる前のたそがれ時。…あるいは、友人と共に囲む夕げや独特のムードのある歌。あるいは、ただ、家族全員が灯のもとに集う宵のひととき…。」 

心理的に健康な人は日常生活のなかにささやかな喜びを見い出している。

バランスを崩した生き方の愚かさ  

「驚異的な働き手」は「あなたの生き方がおかしい」と誰かに忠告されてもそれをなかなか聞き入れようとはしない。このようなバランスを崩した生き方の愚かさは昔からいろいろな人によって注意をされている。例えばヒルティーである。 

「たとい人が全世界をもうけても、自分の命を損じたら、なんの得になろうか」というマタイ伝を引用して、そのあとで「しかし、これほどしばしば世に起こることはない」※7と述べている。バランスを崩すことは、まさに心理的に傷ついた人が昔からよく起こす事柄である。 

そしてこれらの人の悲劇は、人生途上における人間関係のトラブルだけではない。多くの人は人間関係のトラブルが原因で成功出来ない。しかしたとえ成功しても悲劇が待っている。そのような人は成功すると、人からちやほやされることだけが嬉しい。そこでその人の周りにはお世辞を言ってその人から利益を得ようとする心の卑しい人達ばかりが集まる。 

その成功した人達は、自分はこれだけ皆に施しているのだから、きっと皆は自分のことを尊敬し、末永く自分に仕えるだろうと思っている。しかしその人が皆に施せなくなったときには、潮が引くように人は去っていく。 

そしてその時に「人は冷たい」と嘆く。しかし一般的に人が冷たい訳ではない。その人の周りにいた人が冷たいのである。その人は誠意のある人とはおよそ関係ない生活をしていたのである。ずるい人だけが集まるような生活になっていたのである。 

バランスのとれた生活をしていれば、その人の周囲にも誠意のある人が集まったかもしれない。



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